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“吃了吗?”の誤解を解きたい〜っと一北京人の嘆きにしておこう


  いつから中国語のテキストは“吃了吗?”を中国人の一般的な挨拶として紹介されるようになったのでしょうか。
  これは全く根拠の欠けた話である。
  そもそも“吃了吗?”北京及び北京周辺地域の下町に住む庶民たちの日常用語にすぎない。“你好”(本当は“您好”だ)などと全く違う。日常的に使われていて、挨拶のように聞こえるが、そのままの意味である。つまり「(ご飯)食ったかい?」の意味である。
凡ての人が使っていたのではなく、年配の女性や男の人くらいしか使わない。若い女性や子供にはまれに聞こえる。言い換えれば、これは余り上品な挨拶の仕方ではなく、若い女性が言うのが恥ずかしいと思うのだ。
  なぜ“吃了吗?”を言うのでしょう。これは清の末頃からでしょうか、満足に食べられなかった時代の名残である。あの頃、人々は一日頑張って働いて、ただただ家族に一日一度だけでもまともなご飯を食べさせるのに精一杯だった。なので、「食べる」ことは、むしろ一日を安らかに過ごせたという象徴に化していた。このような日々を過ごして、“吃了吗?”はつまり「いかがお過ごしでしょうか」とほぼ同じ意味に成っていた。
北京の下町に住む人々は、苦しい日々で精一杯頑張っていきていき、互いに会うときに“吃了吗?”の一言で暖かく励まし合うささやか表現だったでしょう。
“吃了吗?”は苦しかった日々の名残というべきでしょうか、思い出というべきでしょうか。
  私にも保育園に通ってたわずかな間、住んでいた四合院におばちゃんやおじさんたち互いに“吃了吗?”で世間話を始めていた光景の記憶が微かに残っている。北京の下町の普通の雑居四合院の風物詩でしょうか。
というわけで、私は“吃了吗?”の物語も知らないまま、何気なく軽い気分で“吃了吗?”で挨拶してほしくないし、されても答えたくないという一北京人の気持ちを持っている。
“吃了吗?”を挨拶代わりに使わないでください。

P.S. 最近中国語テキストはどうも北京弁に積極的に接近している模様。例えば、何も説明もないまま、“好好儿“,”“吃了吗”,“玩儿”,“一会儿”などなどが書かれている。これらはもともと標準語ではなく、北京弁である。ただ、NKは方言を標準語に取り込んで行くことには反対しないが、方言由来であることが周知する必要がある。その方言の独立性を保つ必要もあると思う。
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時代錯誤な教科書が横行してる!?

いまだに“吃了吗”を日常会話として教科書に載せていることに驚きました。十数年前に初級レベルの教科書に載っていた記憶はあります。その時でさえ、老師(北京人)は、NKさんと同じように“吃了吗”の由来を解説をしてくれたというのに……でも、今では若い女性がそれを言うのも恥ずかしいという域にまで達しているのですね〜
そう書きながら思い出したのですが、当時(十数年前)は離婚が急増していたことから“吃了吗”をもじって“离了吗”という挨拶が増えていると聞きました。

それから、教科書が過度に北京弁化してるというのは、言われてみればその通りかも。私が以前習っていた上海出身の老師は「これは北京の方言です」と言って、いちいち“儿”を消すよう指導してましたよ〜
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日中京子

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中華圏大好きな日中京子と申します♪京都在住です。
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