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信頼性の極めて低い「中国人権弁護士」拘束されたニュースたち

今日耳にしたことだが、まさかの朝日新聞でも地に落ちだもんだと、大変怒りを覚えた。よって、ここにこう記す
最近の中国人権弁護士が拘束されるニュース諸々について
!!はっきり言って、これは事実根拠の欠けた、信頼性の低い”ニュース”である!!
しかし、日本の国民の目をくらまして、世論批判の矢先を一気に中国に向かわせることには大変効率的であるようだ。
何しろ、”中国*人権*問題*”をいじるのは一番良い手段だから。
目下最もかつく議論されていることはあるだから、なんとかして国民の怒りに水をかける必要もあるし、そしてつぎの行動をとるために準備が必要。いつもこの日本国民にとって肝要なところで、”中国のα”が持ち出される。
これは、つまり、近頃何か始まる(もうはじまっとるだろうか)というサインだよ〜
こんな手口って、つまり中国の2千年前の三十六計の「瞞天過海」、「暗渡陳倉」だろう?ははは、笑わせないでよ〜へん!
nk
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灌水而已

最近听说博客很久没有人更新,于是NK就来灌水了(灌水:とくに意味なく、いらんことをたくさんネットに書き込むこと)。
昨天須田同学衣锦还乡,大家高兴一起吃饭。其中有一道是烧卖,竟然是奶酪西红柿馅儿的,着实惊讶了一下。吃着也没什么违和感。不过说实话,终究也算不上好吃吧。
我是北方人~连西红柿包饺子,都觉得新奇,如今在日本能吃到奶酪西红柿馅儿的,还是烧卖,还真觉得南不南北不北,土不土洋不洋,暗笑,感觉意大利比萨饼乱入了。就好像是炖猪肉切薄了一片儿,放在白米饭上,就非说自己是寿司一样的感觉。
不过转念一想,当年张仲景好像是把羊肉包在面皮儿里了,过了上千年,猪肉大葱反攻成了主流。南方人也有把莲藕一类当饺子馅儿的。幸而,奶酪西红柿和面粉碰一块儿了,怎么着都好吃啊,无可厚非。
就如同咸粽子甜粽子,咸豆花甜豆花儿一样,萝卜白菜各有所爱嘛。四个字“未尝不可”啊。
如今烧卖皮儿都快和饺子皮儿一个样儿了,何况是馅儿呢。
罢了罢了。谁说烧卖不能是奶酪西红柿馅儿的呢。

“吃了吗?”の誤解を解きたい〜っと一北京人の嘆きにしておこう


  いつから中国語のテキストは“吃了吗?”を中国人の一般的な挨拶として紹介されるようになったのでしょうか。
  これは全く根拠の欠けた話である。
  そもそも“吃了吗?”北京及び北京周辺地域の下町に住む庶民たちの日常用語にすぎない。“你好”(本当は“您好”だ)などと全く違う。日常的に使われていて、挨拶のように聞こえるが、そのままの意味である。つまり「(ご飯)食ったかい?」の意味である。
凡ての人が使っていたのではなく、年配の女性や男の人くらいしか使わない。若い女性や子供にはまれに聞こえる。言い換えれば、これは余り上品な挨拶の仕方ではなく、若い女性が言うのが恥ずかしいと思うのだ。
  なぜ“吃了吗?”を言うのでしょう。これは清の末頃からでしょうか、満足に食べられなかった時代の名残である。あの頃、人々は一日頑張って働いて、ただただ家族に一日一度だけでもまともなご飯を食べさせるのに精一杯だった。なので、「食べる」ことは、むしろ一日を安らかに過ごせたという象徴に化していた。このような日々を過ごして、“吃了吗?”はつまり「いかがお過ごしでしょうか」とほぼ同じ意味に成っていた。
北京の下町に住む人々は、苦しい日々で精一杯頑張っていきていき、互いに会うときに“吃了吗?”の一言で暖かく励まし合うささやか表現だったでしょう。
“吃了吗?”は苦しかった日々の名残というべきでしょうか、思い出というべきでしょうか。
  私にも保育園に通ってたわずかな間、住んでいた四合院におばちゃんやおじさんたち互いに“吃了吗?”で世間話を始めていた光景の記憶が微かに残っている。北京の下町の普通の雑居四合院の風物詩でしょうか。
というわけで、私は“吃了吗?”の物語も知らないまま、何気なく軽い気分で“吃了吗?”で挨拶してほしくないし、されても答えたくないという一北京人の気持ちを持っている。
“吃了吗?”を挨拶代わりに使わないでください。

P.S. 最近中国語テキストはどうも北京弁に積極的に接近している模様。例えば、何も説明もないまま、“好好儿“,”“吃了吗”,“玩儿”,“一会儿”などなどが書かれている。これらはもともと標準語ではなく、北京弁である。ただ、NKは方言を標準語に取り込んで行くことには反対しないが、方言由来であることが周知する必要がある。その方言の独立性を保つ必要もあると思う。

“西红柿炒鸡蛋”还是“鸡蛋炒西红柿”:中華の「トマトと卵の炒め」と「卵とトマトの炒め」の話—その二

皆さん〜こんにちは!NKです。コメント、ありがとう!トマトと卵の汁そばも私の大好物です〜〜懐かしい北京のトマトと卵の炒めを思いながら、後編です。
ここからは少し中国語の“西红柿炒鸡蛋”の話をしよう。
もし日本語で調べると「トマトと卵の炒め」も「卵とトマトの炒め」もある。日本語で言うと、まるで早口言葉だ。しかし中国語では“西红柿炒鸡蛋”(トマトと卵の炒め)は一般的で、“鸡蛋炒西红柿”(卵とトマトの炒め)は余り言わない。先にトマトなのか、先に卵なのか意味が違うからである。
  中国語には、“修飾語+中心詞”という形が一般的である。修飾語がある場合、とりわけ名詞に修飾語がある時、重要なのはより後ろにあるものだ。ただ、「トマトと卵の炒め」の場合は少し複雑で、ここの「炒める」という“炒”の字は「〜で炒め合わせた」という意味で理解したほうがいいかも。“西红柿炒鸡蛋”はつまり「トマトで炒め合わせた卵(料理)」となり、卵が主役で、トマトは脇役である。逆パタンの「卵とトマトの炒め」という場合はトマトが主役に聞こえる。
  それに、“炒鸡蛋”という料理は普通にあるが、“炒西红柿”というものは余り聞かない。
  とはいえ、一体トマトが主役なのか、それとも卵が主役なのかについて、これは本質問題に関わるから、難しい議論でしょう。トマトが好きな人がきっとトマトを多めに入れるし、が好きな人なら卵を沢山入れるでしょう。人ぞれぞれだから、ここのところを深入りすると、他の中国人から反論が湧いて来るので、このぐらいにしっておこうっと。
  しかし、なぜ“西红柿炒鸡蛋”であるのか、理由をもう一つ言えるでしょう。音節と語呂合わせに理由があるかも。ご存知、中国語は一文字一音なので、この料理名を“西红柿”と“炒鸡蛋”で、程よく前半と後半で分けられるので、ちょうど「3音+3音」になる。このようにリズムがよく、言いやすいし、聞きやすい。ただし、逆パタンの“鸡蛋炒西红柿”では、“鸡蛋”+“炒〜西红柿”="2音+1音+3音"になるので、比べるとリズム感が悪い。リズムは非常に大事だから、”曾经沧海难为水” と “蜀道难 难于上青天”とは当然違うだろう。
  きっと言いやすい方が流行になるでしょうから、“西红柿炒鸡蛋”に定着してしまったのでしょう。っと言いながらも、実は“鸡蛋炒西红柿”も結構聞くね〜もっと奇妙なことは、同じ家族にも違う言い方が同時使われていて、な〜にも違和感もない、うふふふふ〜
  ま〜ま〜沢山言ってしまったのに、結局作って食べてみないと、ということで、今晩のおかずはこれに決まり〜^^!っと言いたいところだが、私はちょっと下手かも、へへへェ〜
  ではでは、祝大家过一个愉快的~五一黄金周!!!哦喔,差点儿忘了,日本是不过“五一”的。那就,愉快的黄金周吧! Y(^_^)Y
  (もっともっと話したいなら、日中京都へ!NK)

“西红柿炒鸡蛋”还是“鸡蛋炒西红柿”:中華の「トマトと卵の炒め」と「卵とトマトの炒め」の話—その一

初めまして〜中国語講師のNKです〜日中京子さんからお誘いをいただいて、時々書き込もうと思いま〜す。よろしくです。
でわでわ、今日の話はトマトと卵の炒め〜その一

  今使っている教科書に中華料理が紹介されている。しかしどこでもありそうな北京ダック、麻婆豆腐、青椒肉丝にすぎない。とはいえおかげで私は北京家庭料理の定番の定番「トマトと卵の炒め」を思い出した。クラスの皆さんに聞いて見たら、3分の2以上、この料理のことが知らないそうだ。調べてみたら、レシピはいっぱい出ているが、料理にまつわる物語が少なさそう。なので、少し北京の「トマトと卵の炒め」の逸話をしよう。

  日本では「肉じゃが」が“母の味”といえるなら、北京では断然「トマトと卵の炒め」でしょう。私はトマトと卵の炒めを食べて、育てられたような気がする。一番好きな食べ方はご飯の上にかけて食べること。暖かい白いご飯はトマトの汁で赤っぽいピンク色にそめられるのを見て癒されていた。
  しかし、「肉じゃが」のように、各家庭の独自な味付けや作り方があったりして、「トマトと卵の炒め」も「我が家の味」という家庭毎の流派がある。例えば、生姜を入れるかニンニクを入れるか、砂糖を入れるか入れないか、卵は半熟かしっかり煮込むか、トマトは皮付きか皮なしか、それぞれである。

  なぜ「トマトと卵の炒め」が親しまれているのか。理由もきっといっぱいあるが、この幾つが皆も賛同できるかも。
  
  まず、材料がシンプルで作り方が簡単で、食べやすいことでしょう。トマトと卵だけあれば、あとは鍋一つでできるから、忙しい家庭には最適。いずれの材料も柔らかくて子供から老人まで楽に食べられる。洗い物と後片付けも簡単である。こんな手軽な料理は好まれるでしょう。
  
  そして、トマトと卵の組み合わせは絶品の味でしょう。トマトの爽やかさと卵の濃厚さはまるで協奏曲のようである。中華のみならず、世界中でもトマトと卵の組み合わせで有名な料理は沢山ある。
  
  最後の理由は中国独特かも、トマトの赤と卵の黄金色は中国人が大好き。赤は縁起の良い色、喜びと興隆を意味する。金色はいうまでもなく、金銭と富を象徴する。さらに、昔から黄金色は帝王家の専用色であるため、黄金色は権力の象徴でもある。
  
  当然、トマトと卵の炒めは中国人に好まれるでしょう。
  まだ続きがあるよ〜お楽しみに
  (違う意見は大歓迎!〜もっともっと話たいなら、日中京都へ!NKより)
プロフィール

日中京子

Author:日中京子
中華圏大好きな日中京子と申します♪京都在住です。
日中友好協会のブログを引き継がせていただきました~
中国って知れば知るほど興味がつきない不思議な国ですよね。
日中友好協会のニュースのほかに、いろいろ京子が思ったことつぶやきます。
どうかよろしくお願いします!
日中友好協会のウエブサイトも新しくなりました。

http://www.nichukyoto.gr.jp/

よかったらお越しください

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